Batcaveとは何だったのか――ゴスカルチャーが生まれた夜

Goth Cultureゴスカルチャーを語るうえで、「Batcave」という名前は避けて通れません。

現在では"Batcave"という言葉がひとつのスタイルを表すこともありますが、もともとは1982年、ロンドン・ソーホーに誕生した週一回のクラブナイトの名前でした。

わずか数年という短い活動期間でありながら、その影響は40年以上経った今もなお、世界中のゴスカルチャーに息づいています。

ゴスが生まれた場所ではなく、「集まった場所」

Batcaveは、1982年7月21日にロンドン・ソーホーのDean StreetにあるGargoyle Clubでスタートしました。中心となったのは、バンドSpecimenのボーカル、Olli Wisdomとメンバーたちです。

誤解されることもありますが、Batcaveがゴスというカルチャーをゼロから生み出したわけではありません。

すでにBauhausやSiouxsie and the Banshees、The Cure、UK Decayなどによって、新しい音楽の流れは生まれていました。

Batcaveは、その点在していた人々や音楽、ファッションが初めてひとつの場所で交わった「交差点」のような存在だったのです。

ドレスコードは「自分らしくあること」

Batcaveに厳格なドレスコードはありませんでした。

レザー、レース、ヴィクトリアンスタイル、破れたTシャツ、グラムロック、フェティッシュ、ホラー映画のメイク。

それまで別々だったカルチャーが混ざり合い、それぞれが自由な表現を楽しんでいました。

だからこそ、当時の写真を見ても「これが正しいゴスファッション」という答えは見つかりません。

共通しているのは、誰もが自分自身の美学を貫いていることです。

音楽も、ひとつのジャンルではなかった

「Batcaveでは一晩中ゴシックロックが流れていた」と思われがちですが、それも正確ではありません。

初期にはDavid BowieやT. Rexといったグラムロック、The Crampsのようなサイコビリー、ニューウェーブ、エレクトロニックミュージックなど、多彩な音楽がプレイされていました。

その自由な選曲が、後にゴスと呼ばれるカルチャーの幅広さにつながっていきます。

ファッションを変えたのはランウェイではなくクラブだった

1980年代初頭、Batcaveにはミュージシャンだけでなく、アーティストやデザイナー、学生、マーケットで働く若者たちが集まりました。

彼らは高価なブランドを身につけていたわけではありません。

古着を切り裂き、自分で染め、レザーやレース、安全ピン、ラバー素材を組み合わせながら、自分だけのスタイルをつくり上げていました。

大量生産ではなく、DIY。

誰かの真似ではなく、自分の感性を信じること。

それこそがBatcaveの美学でした。

現代のダークファッションにも受け継がれる精神

今日のダークファッションを見渡すと、Batcaveの面影はさまざまな場所に残っています。

厚底ブーツ。

レザーハーネス。

シルバーアクセサリー。

ブラックを基調としたスタイル。

そして、どこかユーモアを感じさせるホラーのエッセンス。

現在のブランドは当時のスタイルをそのまま再現しているわけではありません。

しかし、「既成概念にとらわれず、自分だけの世界観を表現する」という精神は、今も確かに受け継がれています。

Batcaveが残したもの

Batcaveは1985年に幕を閉じました。

けれど、その名前はクラブとしてではなく、カルチャーそのものを象徴する存在として語り継がれています。

ゴスとは、黒い服を着ることではありません。

音楽を聴き、アートに触れ、自分らしい美学を表現することです。

Batcaveは、その価値観を共有できる場所でした。

そして40年以上が経った今もなお、その精神は世界中のダークファッションやオルタナティブカルチャーの中で生き続けています。

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